第23回芥川賞受賞作 「異邦人」(辻亮一)

第23回芥川賞受賞作、「異邦人」(辻亮一)を読んだ。

異邦人と聞いて、まず思い浮かぶのはカミュか。それとも久保田早紀か。

いや、僕の場合は、ボードレールの「L’tranger」だった。

大昔、大学でフランス語を学んだ時、テキストにボードレールの「LES SPLEEN DE PARIS」(パリの憂鬱)が選ばれ、その冒頭に載っていたのが「L’tranger」(異邦人)という散文詩だったのを思い出したのだ。

(実に物持ちがいい、すぐ手元にそのテキストがあった。写真参照)

もちろん、芥川賞の「異邦人」はこれとはまったく関係のない話で、第二次世界大戦で日本が敗戦して後、中国(木枯国と呼称)に残っていた一人の日本人の物語である。

木枯国にいると、同じ日本人でも、これまでの思想をかなぐり捨てるように、長いものには巻かれろ式で、手のひらを返したように、取って付けたような共産主義思想にかぶれた人間も多くいる。

この国では、この思想を持たないものは徹底的にオルグされる。

にわか共産主義思想を振りかざして主人公をイジメ同然にオルグしようとする同じ日本人達に、主人公はどういう心境で相対するのか。そして、その他の人間とのふれあいは……。

その辺の心情が巧みに描かれている。

ああ、戦後間もない頃の作品だなぁ、としみじみ感じながら読み終えた。

この第23回芥川賞の候補作品を眺めていた気がついた。

洲之内徹の「棗の木の下」という作品があったのである。

洲之内は僕が絵画により一層興味を抱く原因となった「気まぐれ美術館」の作者。

候補に挙がったものの、受賞には至らなかったのは彼としても残念であったに違いない。

彼の文章はエッセイにしても、ひと味違う巧さがあり、読ませる技術を心得ていると感心している。

第23回芥川賞は昭和25年上半期である。

僕の生まれる1年前。

まだまだ戦後の真っ最中なんだなと思うことしきりであった。