機械的な時間

 最近感じているのが、時間の経過が機械的であること。

先日、アメリカ人のKasukaさんが来日されまして、家族皆でお会いしました。

その日は、1か月前からスカイダックバスのツアーを予約してまして、

昼食をとって、LINEの交換をして、ツアーに参加して、はい17時、

Kasukaさんは次の予定へさようなら。と、こんな感じです。

 

Kasukaさんは相変わらず努力をしているようで、日本語が上達しています。

それに引き換えアルカリ君は英語を忘れてます。

口をついて英語が出てこない。電車をrideすると言ってしまう有様です。

やらなければ忘れていくのは当たりまえ。

先日、天気の悪い日に仕事を病欠してしまいました。

疲れが溜まっていたといえば聞こえはいいですが、

結局のところ体力が落ちている、ということですね。

3月位までは割と体調も良く、土曜日も積極的に出かけたり、

週一日は長距離を歩くなんて習慣ができつつあったのですが、

結局、回復していない、できないということです。

ということで、今週末は慎重に行動しています。

ところで、機械的に時間が経過していると感じる原因を考えてみました。

ジュニアを見て思うのですが、家にうるさい人がいないこと、

宿題のように強制される課題がないこと、仕事以外の時間は自分で

考えて行動しますが、まあ、楽をしようとしますね。

楽に過ごす、これが一番の原因ですね。

それともう一つ。カレンダーを見ると2017年になっている。知っていましたが。

5年前のアルカリ君と比較して、あまり進歩がないということ。

恐ろしいことに、機械的に時間が経過していることに、

最近になってようやく気付いたということです。

(瞬きをすると臨終前になっているという話が具現化する恐怖感・・・)

さあ、今日一日、寝るまでの残り数時間のうちに何か収穫は得られるのしょうか?

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