まずは、お疲れ様でしたと申し上げる。

警護、と言っても、終わってみれば実践的な警護訓練となった事は、全く悦ばしい事だ。

有事における警護任務に向けた下準備やデータ収集のスタートとしては、満足のいくものとなった事を期待したい。

今回何事も起こらなかった、正確には公表されるような変事はなかった、が、些か気がかりなことがある。

時期的には四半期ずれているが、日露戦争直前に発生した陸軍青森第五連隊雪中行軍八甲田山遭難事件の事があるからだ。

高倉健北大路欣也の主演で映画にもなった事件だ。

弘前第三十一連隊は、調査目的として一小隊にも満たない人員だが、雪山に通じた選抜メンバーで臨み、

青森第五連隊は、市内から八甲田山系の入口までの事前演習を踏まえ、選抜メンバーとは言え210名余りの人数で、訓練目的で臨んだ。

運の悪い事に、数十年に一度と言う最悪の天候とぶつかったこの雪中行軍、青森第五連隊は10名余りを残して遭難死、弘前第三十一連隊は怪我人を出しながらも全員生還した。

もっとも、新田次郎氏の「八甲田山死の彷徨」によると、八甲田山中を案内人として加わった田代の村民は、凍傷で手足の指に後遺症が残り、或いは喪失したようだから、完全に無事とは行かなかったようだが。

因みに、同じルートで同じ日程で演習をしている自衛隊が、当時とは比べものにならない近代装備を備えながら、同じような劣悪な気象状況で、青森第五連隊遭難エリアで危うく遭難しそうになったと言う報道を見かけた記憶があるから、幾度もやっている訓練であろうとも、状況が変わると危ない事もあるのは確かだ。

当時は、ロシア艦隊による艦砲射撃で冬に弘前・青森・八戸の交通途絶に備え、最短距離に位置する難所、冬の八甲田山踏破の事態を懸念せざるを得ないほどの危機感があった事は確かだ。

さて、今日、さしあたり北朝鮮の脅威に備えての作戦行動だろうが、逆にいざという時に、被害を拡大するきっかけにならなければ良いのだが、と思う。

無論、一素人の妄言であろう事は間違いない。

だが、あまりに恙無く終わっただけに、最前線の自衛官諸氏ではなく、作戦立案を行う部署で見誤りはしないか、些か気になる。

それはそれとして、警護任務に続くシンガポールまでの往還の任務、何事もなくこなされ、人員艦船共に、気力体力漲った状態での帰投を願いたい。

■初の米艦防護が終了=海自護衛艦、2隻で―貨物弾薬補給艦に

(時事通信社 - 05月03日 17:01)