『山怪 弐 山人が語る不思議な話』(田中康弘)

読書(オカルト)、その他(オカルト)

『山怪 弐 山人が語る不思議な話』(田中康弘)

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普段はマンションで快適に暮らし、明るいオフィスで仕事をする現代人たちも、山へ入ればたちまち古代人と同じ土俵に立たされる(もちろん装備は違うが)。そこは普段自分たちが生活している日常とはかなり異なっている。静かすぎて耳が勝手に妙な音を拾ってくる世界、暗すぎてその闇の奥をじっと覗き込んでしまう世界。そんな独特の世界では空気の微妙な変化や鼻腔に入るかすかなにおいにも体は敏感に反応する。闇の中に佇むモノに気がつき体が緊張したり、藪の中を進む姿無きモノに遭遇し思わず目を向ける。かと思えば今まで歩いていたはずの道が突如消え失せて森に孤立したり、信じられないくらい立派な建築物に迷い込んだりする。誰もが平等に無防備な山の中では、少なからぬ人がこのような山怪に遭遇するのだ。

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単行本p.12

 全国の山々を巡って、怪談でもなく、民話でもなく、それらの「原石」のような不思議な体験談を集めた『山怪』、待望の第二弾。単行本(山と渓谷社)出版は2017年1月、Kindle版配信は2017年1月です。

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時々あれは何だったのかと思い出し、それを他人に話したりする。そして最後に“あれは錯覚だったのだ”と再確認しようとする。

 一生のうちに何度もこの作業を繰り返すことこそが、怪異を認めている証拠ではないだろうか。中には完全に記憶から消し去る人もいる。しかしそれがふとした弾みで口から飛び出す場合もあり、そんな時は当の本人が一番驚いているのである。

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単行本p.254

 日本全国をまわって、山に住んでいる人々の不思議な体験談を丹念に聞き取ってまとめたのが前作『山怪』。狐や狸に化かされた、狐火が飛んだ、山小屋の外を歩き回る足音がした。素朴というか、因縁も尾ひれもついてない、「怪談」としては未加工の体験談がぎっしりと詰まっています。ちなみに紹介はこちら。

  2015年06月15日の日記

  『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘)

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 本書はその続篇です。内容的には前作と同じで、昨今の先鋭化された怪談実話に慣れた読者には物足りないかも知れませんが、そのライブ感というか、「あ、これは、語られた話そのままだな」という感触が、これが実に味わい深いのです。未加工の原石というか。

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「家のすぐ後ろが山なんですよ。そこにね、侍が埋まっている場所があるんですよ」

「侍ですか?」

「そう。よくは分からないんですけど、少しこんもりした所に侍が埋まっているって言われてましてね」

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単行本p.16

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「午後三時過ぎにね、山に入っていくお爺さんを見たことがあるんですよ。格好はとても山歩き様じゃないんです。白い服に白い靴を履いてね。ああいうの見ると心配になりますよね」

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単行本p.54

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 川で流されて行方不明になった若者がいた。いくら探しても見つからず、村人が法者に頼み込んだところ……。

「樽をな、川に投げ入れろ言うんじゃな。それが流されて止まった所に沈んどると。まあ自然に行き着くいう話なんじゃろけど」

 言われるままに樽を川に投げ込んだが、結局若者は見つからなかった。

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単行本p.63

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「へとへとになって宿に入ると、そこのおばさんがな、夜中にオオカミ(大神)様が来るから朝起きたら廊下を見ろ言うんだよ。足跡が付いとるらしい」

「見ましたか足跡?」

「いやあ、朝になったら誰もそんなこと覚えとらんで、確かめとらんな」

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単行本p.67

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 丹沢で猟をする服部啓介さんは山で下半身を丸出しにして振り回したことがあるそうだ。その時は効果てきめん、ブラブラさせているとすぐ横の斜面に複数の鹿が現れる。これは凄いと、また次の猟でも下半身丸出しでブラブラさせた。はっと気がつくと、すぐそばに鹿の姿があるではないか。ブラブラはひょっとして凄い効果があるのではないかと思った。しかし最大の問題点は、とても銃を撃てる状況に無いということである。ブラブラ状態で発砲することは難しい。それを察知して獣は顔を出すのかも知れない。

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単行本p.89

 いわゆる怪談実話の聞き取りなら、おそらく真っ先に捨てられてしまうような語りが一杯で、個人的にすごく惹かれるものがあります。

 怪異がはっきりと現れるケースでも、特に気にしてないというか、ごく普通のこととして受け入れられている感じがまた素敵です。

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ほとんどの施設従業員が彼らを見ているが、不思議なことに誰も怖がらないし、怪談話にもなっていない。

「最初は驚くんだけどねえ、すぐ慣れるみたいだよ。何かする訳じゃないし、怖いと感じもしないらしいね。ただ歩いているだけだから」

 ほぼ毎日のように彼らは施設内を彷徨い、そして消えていく。従業員たちは少し可哀想な魂だと感じて、特に騒ぐこともなくそのままにしておいた。

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単行本p.18

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 御獄神社までは鬱蒼とした杉林の中をうねるように参道が下界から続いている。この道にはいわゆる“出る”場所があるそうだ。そこは大きく参道が曲がる地点で、白い着物を着た女の人がよく立っているらしい。見た感じではかなり昔の方らしく、ここは歴史ある場所なんだなあと改めて思うそうだ。

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単行本p.60

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 お父さんが亡くなって半年経つが、未だに何の音沙汰も無いのが少し残念らしい。その話を隣の婆ちゃんにすると、“まだ来てないの?”と驚かれたそうである。

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単行本p.62

 受け入れるのとは別に、「怪異だと思っていたら、正体見たり枯れ尾花というやつで、実はこういうことだった」と、いわばタネあかしをするパターンも多く。

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「作業中に地響きがする時もありますよ。ドンドンって。最初は何か分からないから不気味でしたよ。でもその原因を調べた人がいたんです。富士山の演習場の音らしいですね」

「富士山? 自衛隊の火力演習ですか?」

「そうです。それが雲に反射して、ちょうどこの辺りで聞こえるらしいんですよ」

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単行本p.55

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 その内臓はまるで誰かが意図的に乗せたかのようだった。綺麗な乗せ方、そして一番妙だったのは血がまったく滴っていないことである。岩の上には内臓のみが丁寧に飾ってあった。新鮮な内臓は今までここにいたはずの鹿の物に違いない。そこで今村さんは探索範囲を広げて鹿を探した。百メートルぐらいの間を探し回ると、案の定一頭の鹿が倒れている。近寄って調べると、その体内からは内臓がすっぽりと抜け落ちていた。

「まあ撃った弾が腹に当たって内臓を吹き飛ばしたんでしょうねえ。あんなに綺麗に岩に乗るのは不思議ですが、単なる偶然なんでしょう」

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単行本p.93

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「あれは中学生の頃だねえ。ちょうどこの畑の下の道を夜歩いていたら、人魂が光ってたんだ。大きさはバスケットボールより少し大きい感じだったね」

 彼はその物体を見て足がすくむ。初めて見る人魂に全身が硬直するのが分かった。

「凄く怖かったよ。でもそこを通っていかないと家に帰れないんだから大変だよ。それ何だと思う?」

「何ですか?」

「螢なの。螢が固まって玉になってるのよ」

「はあ、螢ですか……」

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単行本p.252

 聞いているときは「なあんだ」と一緒に笑って、原稿起こしの段階で「ん?」となる。そういう感じが素晴らしい。

 もちろん、かなり奇妙な、不思議な体験談も収録されています。

 夜中に山の上のほうにある集落で大火事が起き、そこの住人たちが慌てふためいている様子を見て、朝になって駆けつけたところ何も起きてなかったという話。

 山に登る途中で、何度も繰り返し同じ軽トラ(ナンバーも同じ)が停まっているのを目撃する話。

 笈ヶ岳近辺で迷った猟師が巨大な石塔を発見。そんな巨大建造物は知られてなかったので、記者が取材して新聞記事になった。しかし、その後多くの人が捜索したにも関わらず、石塔はいまだに見つかっていない。しかし、山中で道に迷って石塔に辿り着く者はいまでもいるという話。これは「迷い家」「隠れ里」系では有名な話らしい。

 他に、誰もいない場所から鈴の音や雅楽の演奏が聞こえる話、山奥に車を停めていたら周囲をびっしりと女工さんに取り囲まれていた話、などが印象に残りました。もちろん、狸や狐に化かされる話、狐火や人魂が飛ぶ話、なども数多く収録されています。