峠の温泉小屋5 

翌日、佳代ちゃんが宿に帰ってきて、自分はどうしても気になったので、佳代ちゃんに聞いた。

「恵さん、どうされていました?」

佳代ちゃんは向こうを向きながら答える。

「・・どうって、ふつうに学校にきとったよ?」

自分はこれからお客の夜食の準備をしないといけない。

台所でジャージャー水をだしながら、ゴボウやらニンジンやら洗っていると、佳代ちゃんが聞いてきた。

「・・きのうの夜の電話、なんじゃったん?」

困ったことになった。

自分はあくまで勝さんの宿の下働き、分際を超えてはいけないのである。

佳代ちゃんはあくまで自分にとってはお嬢さんであり、彼女の顔を立てないとすべてがダメになる。

なによりも自分は勝さんに、そしてその娘さんに恩義がある。

そんなことは義理の父親のやくざ社会を見てきて、いやとわかっていたはずだった。

アニキ、アニキ、姐さん、姐さんと、目上の者はすべてそのように呼び、その分は絶対超えないというのが鉄則で、自分が唯一義理の父親から学んだことがあるとすれば、こういう一点だった。

そういう上下や左右の関係を読み取ることができなければ、この世の中で半端者と言われる人間は生きていくことができない。

それはやくざ社会でもなくても、一般社会でもそうだろう。

それはそうと佳代ちゃんからそう聞かれて、自分ははっとした。

正直に答えるわけにもいかない。

人からされたプライベートな相談は、地獄までもっていくこと。

それはたとえ幼い子供の相談であってもそうだと自分は思う。

とくに今回の件だけは喋るわけにはいかない。

「・・すいません、ちょっとばかり、英語で・・恵ちゃんにわからんところがあったようです。」

とあたりさわりなくかわすと、

「・・ふーん、今日そのことで恵ちゃんにも「なんで銀ちゃんに電話したん?」って聞いても、いっさいいわんかったわ・・」

と言われた。

「・・わたし、今日から銀ちゃんから英語の勉強せんけえ・・」

自分がびっくりして聞いていると彼女は少し語気を鋭くしてかぶせるように言った。

「・・ここじゃのうて、恵ちゃんの家で働きゃええんよ・・!」

彼女はそういって自分の部屋へ行き、勢いよくドアをしめた。

自分は決して佳代ちゃんを蚊帳のそとに置いたのではなかったが、結局そのような形になってしまった。

なにはともあれ、こまったことになってしまった。

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